旧文部省の英語表記は”Ministry of Education, Science, Sports and Culture“というものだった。「教育・学術・文化・スポーツ省」ということになろう。世界的にもこれだけ広い分野を単独で所掌する省庁はまれだが、余りに長いので頭文字をとった”MES(S)C”などとも表記していたが、これらが実際に海外で用いられることはほとんどなかった。
海外の大使館に赴任した文部省員の重要な業務の一つとして国費留学生の募集・選考がある。当時、21世紀初頭までに留学生を欧米先進国の最低水準である10万人受け入れることを目標として国を挙げて推進していた「留学生10万人計画」の折り返し期にあった。計画を上回るペースで受け入れは進んではいたが、確実な達成に向けた様々な取り組みが実施されており、その中でも国費留学生は日本への留学の牽引役として大きな期待が寄せられていた。
そのため制度を広報する資料の作成・配布は重要な事業だった。日本国政府による奨学金であり、事業の主体は文部省であるので資料中にそれを明記しようとするのだが、その表記について外務省から了解が得られずにいたのだ。外務省は日本文化の紹介等国際文化交流も所掌しているのに対して、上記の表記では文部省だけが文化(Culture)を担当しているようで誤解を招く惧れがある、というのが理由だったらしい。
言いがかりのような気もするが、各国の大使館に置く文科省員のポストを増やすべく外務省と交渉続けていた時期で、先方の言い分を受け入れざるを得ない状況にあったこともあり、およそ海外向けの広報資料では上記表記は使用できなかった。またMESCというのも音感が悪かった上、メキシコ北部産のサボテンからとる幻覚剤メスカリンの略語と同一という問題もあった。そこで、これらを使わないこととし、国費留学生も”MONBUSHO Scholarship”と表記していた。
省庁間の交渉を経た妥協の産物としての表記ではあったが、結果として「文部省」の名を海外に知らしめることになったという効果はあったと言えよう。
このような経緯をもった英語表記だが、その後、再び議論を招くことになる。
平成13年の省庁再編で、文部省は科学技術庁と統合することになったが、その名称をどうするかで両省庁間で意見が交わされた。文部省側は、従来から省内に学術国際局を有しており、その学術という語は科学技術も含む、として統合後も文部省で良いのではないかと主張したのに対し、科学技術庁側では、科学技術は学術だけでなく、その成果の社会への適用を意味する技術も含んでいるうえ、科学技術は一語であって分ける訳にはいかないとして、文部科学技術省とするよう要求し、なかなか折り合いがつかずにいた。
最終的には5文字を超える省庁名はない等の理由で、現在の「文部科学省」に落ち着いたようだが、同様の交渉は英語表記でも行われた。要は科学技術(Science and Technology)という語は一体であり、分ける訳にはいかないという庁側の主張をどう処理するかが論点であった。旧文部省の英語名称でさえ長いのに、これ以上長くなるのか、という懸念もあり、暗礁に乗りかけたが、語学の天才と言える一課長のアイデアで問題は無事解決することになった。
それは、旧文部省の所掌を表すeducation, science, sports, cultureという要素はそのままにして順番をeducation, culture, sport, scienceに変え、その後にand technologyをつけるというものだ。こうすることで、science までなら文部省の表記に変更はないのに対し、これにscience and technologyが 一体として加わるので科技庁側も納得だ。まさに「コロンブスの卵」的な発想だった。しかも、頭文字を並べるとMECCSTとなることから、CCSを発音に合わせてXで表記することとして、通称”MEXT”が誕生した。
今ではMEXTは文科省の通称として盛んに使われている。かつての通産省のMITIのように親しまれることを今さらながら望むが、そのためにも旧文部と旧科技双方が一体となり、通称に恥じない業績を挙げることが必要であるのに、国際的な場での活躍が活発化したという話は寡聞にして耳にしないのは残念だ。

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