最近、各地で相次ぐ地震の発生や一向に収束を見せないコロナ禍の状況を踏まえ、連日、専門家と称する人がマスコミに登場して様々な発言をしている。しかし、それにらは根拠が曖昧で、単に自分の推測や希望・結果論を述べているだけなのか判然としないものが多い。少なくとも「専門」家を名乗る以上、科学的仮説なのか個人的な意見なのかの区別は明確にして欲しいし、後者であれば同席している芸能人のコメントと大差なく、専門家がわざわざ語る必要がない。
中でも酷いのが現状を踏まえて多くの人が将来に不安を抱えている中で、今後についてした質問への回答に「その可能性はある」と述べるだけで済ませていることだ。そもそも、「可能性がある」というのは、可能性が1~100%まであるのに対し、それに入らない「<0%>は除く」という表現にすぎず、「可能性がゼロということ(だけ)はない」と言っているに過ぎない。
我々が知りたいのは可能性の「有無」ではなく、むしろ「有」が想定される中で、それはどの程度で、それが生じるのはどのような条件下でなのか、という具体的内容なのだ。
その説明・回答を踏まえ、自分たちなりに対応できることを行政の対応を待たずに率先して行う覚悟・認識を持つことになる。それがただ「可能性がある」というだけでは、何を、どの程度行うのが良いのか全く見当がつかない。
この点については、天気予報が「降水確率」を示さずに「雨が降る可能性がある」と述べるだけで済ませていたら、我々は雨具がいるかどうかの判断すらつかないことを想起すれば分かりやすいだろう。
もし、具体的な率や条件を述べても一般の人達には理解できないだろうと思って、それらに言及せず、敢えて「可能性がある」のみで済ませていると言うのであれば、そのような「専門家」の認識・姿勢自体が国民をバカにしたものである。
そもそも、近年、科学研究の規模が増大化し経費が高額となっていることに広く国民の理解・支援を得る必要があるとして、科学者はこれまでのように、「象牙の塔に籠って、自分たちだけが理解できる言葉で、自分たちだけが理解できる研究を行えば良い」という考えを改め、積極的なアウトリーチ活動を行うように努めるべきだとされている。その指摘・傾向が強まる状況にある中で、このような認識・言動はそれに逆行するものである。
また、コロナ禍への効果的な対応にはただ学説等を述べれば良いのではなく、何より国民の広い理解と協力が不可欠であるのに、これはそれを自ら放棄するとともに、自身の主張・説明に対する信頼を失わせているものであることを良く認識すべきだ。
「信頼を失うのは易く、得るのは難しく時間がかかる」という。これを踏まえ、早急に、その言動を改めるよう努める必要があるのではないか。そうしないで招く結果がどのようなものかは明らかだろう。

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