<C:将来について=施策の効果(目標・見込み)>
過去・現在と進んで、最後には将来についての質問となる。
既にこれまでの問で、施策を実施した後にその成果等を検証してこなかった実態は明らかになっている。本項はそれを新規施策について改めて確認するのではなく、これまで見過ごされてきた点を昭にすることを目的とする。即ち、施策が目指す目標の欠如である。
現在の(今後の)△△問題を解決するために新たに◇◇施策を実施するというが、本施策に投入されるヒト・モノといった資源の規模等はどれくらいか?
果たしてそれが妥当なものであると何を基準にして考えたものか。
国や自治体を問わず、財政不如意の中(加えて、新型コロナウィルス感染防止対策としての自粛要請への対応経費増の中)、要求している資源の規模が妥当だとはどこでも言い難いのが実情であって、制約があるなかで可能な要求を精一杯行ったということになろう。
だからこそ、そのような中で行われた要求内容・規模が妥当なものかを確認する必要がある。そして、この流れの延長上に次の質問が行われることになる。
それだけの資源を投入した施策によって、いつまでに、何が、どう変わると見込んでいるのか。
換言すれば、いつまでに、どのような状態が達成されると、本施策は効果を上げたと判断できることになるのか。印象や期待ではなく、具体的な数値目標を挙げて欲しい。
新たな施策を提示し、その実施を求めていながら、それが目指す/それによって達成される状況・水準・目標は一切明らかにしないのがこれまでの姿勢である。これでは当該施策の有効性を判断することもできず、「やりっ放し」という状況になるのも当然であろう。
一方でこれらを当の現場の関係者が求めて来ず、知らずないままで実施に当たってきたのは不思議なことと言わざるを得ない。現在の(今後の)問題の解決に必要だというだけの説明で納得?し、実施に努めてきている。ゴールが見えないまま走り続けているに等しい。このようなことを改める必要があることは言うまでもない。
さて、当然に必要とされる目標が設定されてきていないのは明らかだが、これも認めたがらないだろうことから、
「教育という活動は数値化になじまないものであって、数値目標の設定は難しい」
という回答・説明が行われることが容易に想定される、この場合は
数値目標を設定するのは難しいというが、それでは本施策が期待する効果を上げているのか否かが評価できない。これに投入している公費や人員の規模や期間と言った妥当性が判断できないのでは本施策について審議ができない。
議会での質疑の大きな目的・意義が、行政府による施策の有効性を当該施策に要する公費の面から検証することであることを踏まえれば、この時点で当該施策の実施を審議・了承することはできないはずである。
そこで、この質問に対しては
「現時点では数値目標等の設定は行われていないが、実施後、検証を行うことなどにより、そ
の有効性を明らかにしたい。」
と言った善後策を急遽表明することになろう。その場合は、先述した【問B10・B11】を改めて指摘することになる。
また、上記回答が本末転倒なものであることを明らかにするため、次の質問を行うのも有効だ。
実施後に検証を行うとのことであるが、それまでどのような結果が出るかも分からないものに公費や人員を投入することになり、納税者や関係者に説明がつかない。
検証結果を待ってから実施の判断をするべきではないのか。
こう指摘されながら事業実施後に検証することは難しいだろう。政策立案者としては当然、計画の見直しが求められることになろう。
そうなると、現場では国(や県)からの方針を受けて実施に向けた検討・取り組みを進めていることから、突然の変更は返って混乱を招くことになる。そこで、上記で指摘したような対応は次の施策以降では確実に行うことを担保させた上で、審議対象となっている新規施策については実施を認めるというのが現実的な判断・対応となるのではないか。
時間的な遅れが生じるのは否めないが、これまで長年に渡って行われてきた政策立案・実施の過程を転換するものであることから相当の時間がかかるのは仕方がないのかもしれない。
いずれにしろ、先方の状況を理解した判断を示すことで、一連の質問が否定のための否定が目的ではなく、あくまでも政策の見直しであることが理解されれば十分であり、やり取りを通じて、従来の考え・手続きでは今後の政策を立案・実施することは難しいという認識になれば目的は果たしたことになる。

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