近年、五輪を始め、世界陸上、サッカーやラグビーのW杯、野球のWBC(ワールドベースボールクラシック)等、様々な競技の世界大会が開催され、いずれも多くの人々が関心を寄せている。特に、我が国が開催地になった場合、その盛り上がりは大きく、列島を挙げた応援が繰り広げられる。
それらに世界的規模では及ばないものの、国内でも様々な大会が開催されている。中には高校生による野球大会(いわゆる「甲子園」)や正月の東京箱根間往復大学駅伝(「箱根駅伝」)もあるが、昭和21(1946)年から毎年、各都道府県持ち回り方式で開催され、第3回大会からは都道府県対抗方式となっている「国民体育大会」は異色だ。
開催権が毎回、男女総合優勝(天皇杯獲得)することに批判もあったが、自分の県が開催地になるのは47年に1度の「名誉」であり、その時に総合優勝するのは地元のスポーツ関係者にとっては「使命」に等しい。
(その後、大きな制度改正が行われたので、以下は今では論外だろう。)
県(教育委員会)に出向した際、そのような雰囲気に包まれた開催県での国体担当を務めることとなった。
大会の設置・運営は独自の国体事務局が担っており、教育委員会は競技団体との連絡や競技力向上を担った。これらは本来、喜ばれるはずのものなのだが、団体からの反応・対応は複雑だった。それには原因があった。
上述の通り、開催県のスポーツ関係者にとって、総合優勝は当然のことであり、それに向けて県が一丸となるべきだとの考えだったが、開催県でありながら知事も、教育委員会の事務方トップである教育長も「総合優勝を目指す」との意思表明をせずにいたからだ。
背景には、他県のように優秀な選手を越境させて自県の選手としてまで総合優勝するのではなく、自前の選手が真摯に戦った成績を素直に県の実力として受け入れたいという考えがあったためだが、昭和39年の第19回大会以来30年以上続く開催県優勝が自分達の代で途切れることを認めるような考えが理解されるはずがない。このため
「県にはやる気がないのではないか!」
「我々、開催県の団体関係者に恥をかかせるつもりか」
との誤解・疑念・不満を生むことになり、支援・協力をしたいとの努力・申し出を競技団体側に素直に受け入れてもらうのが難しい状況にも陥った。
結局、大会が近づくにつれて高まる、県民を始め、幅広い層からの声に押される形で、知事等が「総合優勝を目指す」「そのために最大尽力する」と明言したことで、一件落着とはなったが、それまでは先行きに不安を感じることもあった。
また、最終的には「総合優勝」も納め、無事、「使命」を果たすことになった(この記録はその6年後、高知大会で一端途切れることになる)のだが、それにかける関係者の意気込み・決意をまざまざと知らされる場面があった。
まず、国体に参加できるのは地区予選を勝ち抜いた個人・団体に限られることから、それらには参加点が付与される。それに大会での成績が加点され、それが競技ごとの点数となるのだが、開催県の場合、全ての競技に参加できる特典が与えられる。国体の競技数は数多いことからこの参加点は非常に大きく、それが開催県の利点で、総合優勝の大きな要因ではあったのだが、それで全てが決まるわけではない。
各県が期待する競技の得点こそ関係者にとって大きな関心事であり得点源だ。従って、連日、競技ごとの結果が記録され、その結果を踏まえて、総合優勝に向けてあと何点必要か(どこまで勝ち進む必要があるか)が検討された。
そのような努力の上で勝ち取った「総合優勝」であるが故だからだろうが、閉会式後の祝賀会で、ある競技団体の幹部が興奮して次のように語ったのだ。
「優勝して良かった。しかし、簡単ではなかった。これが実現できたのには実は自分の働きも大きかったのだ。
本競技で我が県は準決勝まで進んだ。その結果、×点を獲得したが、実は、客観的に見て本県がそこまで行くのは難しい状況にあった。しかし、優勝にはそこまでの点がどうしても必須だった。そこで、準々決勝の相手がこの数年後に開催県となる○〇県であることを踏まえ、その県の幹部との間で<あなたの県が開催地になったときには我々は協力するので、今回は我が方に支援して欲しい>と交渉した結果、無事に勝ち進むことができた。これによって獲得した点が上積みされたからこそ優勝できたのだ。」
要は不正・八百長を告白しているに等しいのだが、本人にその意識はなく、優勝に向けた自身の貢献ぶりを伝え、自慢したかっただけだろうし、打ち明けずにはいられなかったのだろう(酒の力も多少影響していたのかもしれない)。
あれから30年以上が経過した。これを非難するつもりで紹介したわけではないし、これまで他言したこともない。そもそも時効だろう。
ただ、優勝という目的のためとは言え、到底許されることではないことにまで手を染めることになるという実態には驚き、善悪は別にして、彼らに課された責任の大きさ・重さを痛切に感じたことは記しておきたかった。
余談だが、これ以前に、先輩から「様々な分野で大会・競技会が開催されているが、なぜ、スポーツだけが開会時に<選手一同、正々堂々と闘うことを誓う>旨の宣誓をざわざわざ行うのか知っているか?」と尋ねられたことがあった。こちらが答に窮していると、「スポーツでは勝利がそれだけ至上なので、放っておくと勝つために何をするか分からないから、宣誓はそれを防止するためさ」と打ち明けながら笑っていたことを思い出す。当時は冗談だと思って聞き流していたが、そのような面も確かにあるのだろうと幹部の話を聞きながら納得していたことを思い出す。
(もっとも、本欄のエピソードは選手ではなく、幹部の行動に関する内容なので、宣誓とは別だと言われればそうかも知れないが…)

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