不祥事が起きた私学への措置は妥当か?

 最近、複数の医学部での入試で一部受験生に不利な判定が行われていたことが判明したり、国内有数の規模を誇る大学で理事長や理事による法人に対する背任行為が明らかになったりするなど、私大の不祥事が相次いで報道され、大学に対する信頼が揺らいでいる。

 このうち、前者については文科省が当該入試は「不適切」だと判定し改善を求め、後者については私大ガバナンス改革として理事会や評議員会の機能・構成等について見直しを進める議論が進んだ。さらに、これら各大学に対しては皆、日本私立学校振興・共済事業団からの経常費補助金が削減又は不交付とされている。これらの措置は一見、合理的かつ適切に思えるが、実は不可解な点が多い。

 まず、入試についてだ。法律(学校教育法)上、入学は学長が決めると規定する(第93条第2項第1号)。その判定の基準となる選抜をどのような方法・内容で行うか、それらをどのように用いて合格者を決めるか、は大学が自主的に決める事柄とされている訳だ。件の大学では女子や多年浪人生に対して得点とは別の不利な基準を適用していたことが明らかになったが、そのこと自体が直ちに問題となるわけではない。それが「大学が判断した」選抜方針であるならば適法であるか、」少なくとも「不適切」とは言えない。

 我が国では入試は「公正・公平」に行われるものであるという意識が強く、それは「入試信仰」と言える程だが、そもそも入試に公平性等は必須のものではない。どのような判定方法を採用しようと、大学の判断である。アメリカではもっと極端な例がある。多額の寄付をした者の子女や黒人・少数民族に優遇が行われる「アファーマティブアクション」が広く行われており、その有効性は裁判で認められている。

 今回の事例に問題があるとすれば、それは一部の生徒に不利な合否基準を適用したことにあるのではない。受験生や保護者等ステークホルダーが当否を判定すべき方針が事前に公開されずに密室で行われたことにある。性別や受験経験の有無によって合否判定基準に差を設けることが適・不適かを判定する権限は文科省にはない。

 ところが、文科省は(普段、入試問題や合否判定のチェックなど実施していない、できないはずなのに)これらの入試が「不正」だと判断し、その改善まで求めた。その根拠は何か。明確な法的根拠もなく、恣意的に行政措置を行うことは法治国家の根幹を揺るがす行為であるが、それを認識した上での対応だったのか。

 今回はたまたま、文科省幹部の子息へ恣意的な入学許可を行っていた(とされる)大学についての調査が進む中で、他の大学における状況も明らかになり、それがこのような措置へと繋がった訳だが、果たして文科省は今後、全国の大学の入試が「適切か否か」を調査・把握した上で同様の措置をするつもりなのか。その意図も覚悟もなく、今回だけの対応とするのではあまりに日和見的であり、これでは大学の理解を得ることなどできないだろう。

 ガバナンス改革についても同様だ。理事長や理事の不正行為を防ぐために、理事会の機能を抑え、代わりに評議員会の機能・権限を増すことを目的とした改革案が一旦纏められた。企業におけるガバナンスの仕組みを参考にしたというが、営利を目的とする企業と教育学術機関である大学とが同一の理念で運営されるべきだという考え方自体に違和感を覚える者は少なくないはずだ。そもそも、模範?とされた仕組みを導入している企業で、全社規模の不祥事が跡を絶たないことをどう理解しているのだろう。本当に有効な仕組みだと言えるのか。

 また、私大に不祥事が頻発するのはガバナンスに問題があるためだとして、理事会権限を見直すこと等が目指されたが、なぜ私大だけなのか。教育研究機関である大学のガバナンスの在り方に関する事柄である以上、国公立大学も無関係ではなく、むしろ運営にかかる経費の大半を国費によって賄っている国立大学法人においては、私大の前に同様の仕組みが適用されるべきであると思われるが、寡聞にしてそういう動きは聞かない。私大側は常に、国立大学とのイコールフッティングを求める声を挙げてきているが、その中でこのような対応が行われること自体、私大の声を無視し、二重基準を適用していることを自ら認めるものではないのか。

 さらに、不祥事に対する措置として、都度、日本私立学校振興・共済事業団による経常費補助金(私学助成金)が削減や全額不交付されている。この補助金は「私立大学等の教育条件と研究条件の維持向上及び在学生の修学上の経済的負担の軽減並びに経営の健全化等に寄与する」ことを目的として交付されているものだが、この目的に照らした場合、それが不祥事を起こした大学には減額・不交付されることとはどういう関係にあると理解すれば良いのか。そのような大学では教育・研究条件の維持向上が実現しなくても良いというのだろうか。

 また、当該措置の影響を回避するために学費等の値上げが行われることになれば(実際はそのような判断・対応は難しいだろうが、だからと言ってそれが禁じられているわけではない)、結局、不祥事とは関係のない学生やその保護者の負担が増加することになり、目的に掲げた「修学上の経済的負担の軽減」が達成されないことになる。

 加えて、密室での入試の差別的判定にしろ、背任行為にしろ、学長や一部の理事によって実施されたことである。それに対する措置として補助金を対象とすることは、問題を起こした本人にとどまらず、組織の責任も追及していることに等しい。それがもたらす影響は既に指摘したが、一部の者による不祥事で大学全体の責任も問うことがどこまで妥当な行為なのだろうか。国費による研究では、不正行為が発覚した場合、当該経費の返還とともに、当該大学の責任も問われる仕組みが確立しているが、これは措置の対象が国費である上、大学にはその適正管理を行うことが求められていることから妥当なものと考えられるが、それとは別に補助金の使途自体とは直接関係のない行為を理由にその削減等を行うことは妥当なのか。

 果たして、組織(大学や法人)を代表する者による不祥事であることから、組織全体の責任を追及し、相応の措置を課すことは当然だという判断があるとすれば甚だ問題だ。当の文科省は職員の天下り問題で社会の批判にさらされた。歴代の人事課長が国会でも責任を追及され、次官の辞職を始め多くの職員が処分を受けることとなった。まさに組織を代表する職員による不祥事が行われたわけだが、その際、職員だけでなく、組織全体に対して予算の減額や法律の審議停止等の省全体のペナルティが課されたか?所管する組織・団体には(根拠が不明な)厳しい措置・処分を課しておきながら、自分達はその埒外とする。ここでも二重基準がみられる。

 このようなことをしていて所管する組織・団体を始め、多くの関係者や国民の理解が得られるのか。文科省は組織存立の瀬戸際になると認識し、これまでの対応を真摯に反省し、それを早急に改めることが必要だろう。

コメント

  1. Frederick4963 より:
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