言行不一致の文科省

 文科省はこれからの社会を担う児童生徒が最低限身に着けるべき資質・能力を定め、学習指導要領に纏めている。それらは教科別に詳細に記されており、教科書はその内容を基にして記述されている。

 他方、これらは全て共通して「生きる力」の育成を目指している。具体的には「子供たちには自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、自ら判断して行動し、よりよい社会や人生を切り拓いていく力」であり、これらは「グローバル化や人工知能・AIなどの技術革新が急速に進み、予測困難なこれからの時代」を迎える中にあって、このような能力の育成は不可欠であるという。

 このようにこれから必要とされる能力を明らかにし、その修得の必要性を声高に訴えていながら、最近の教育政策が相次いで混乱を招き、撤回・廃止されている様子を見ると、当の文科省内にいるのはそれらの能力・資質が欠如した職員ばかりなのではないかという疑念が生じる。

 具体的には、「共通テストにおける英語民間試験や国語・数学での記述問題」は生徒に多大の不安と混乱を与えた挙句、導入が取りやめとなった。
 生徒の学びに関するデータと大学ネット出願システム等を統合したシステムである「e-portfolio」は一旦、運営許可を与えた非営利組織が運営許可要件をみたさなくなったとして許可を取り消したため入試での活用ができなくなった。
 無期限だった教員免許に10年の期限を設け、期限切れ前の2年間で講習を30時間以上受け、修了認定されなければ失効するとした「教員免許更新制」は、教員の不足や負担増の一因と指摘され廃止となった。 
 重要事項を決める権限を理事会から評議員会に移す等を内容として取りまとめられた「学校法人ガバナンス改革」報告書は、私学側の猛烈な反対にあい、実施に必要な法律改正の目途が全くたっていない。
 教職の魅力を現場の教員に語ってもらい、ブラックだと評され、教職希望者の低下傾向に歯止めをかけたいとした「教師へのバトン」は逆に教員からの過酷・悲惨な勤務環境の実態を訴える声が殺到し、炎上する事態となった。
 コロナ対策としての全校休校や濃厚接触者の受験不可措置が一旦打ち出され、学校等に通知されながら、社会からの大きな反論が生じたことからすぐに撤回するに至った。

 …このように、いったん打ち出されながら、多くの批判を浴びて撤回・廃止に追い込まれた政策が相次いでおり、枚挙に暇がないほどだ。単に、ある政策が取り止めることになったということでは済まされない。これが児童生徒・教職員・保護者等、多くの関係者に多大な影響と混乱を招いたことは決して見過ごすわけにはいかないし、廃止までに投入された多大な国費と労力が無駄になったことを考慮すれば、その責任はしっかりと追及されるべきであろう。

 これらは官邸の指示等を受けたものであるというのかもしれないが、それを唯々諾々と受け入れて実施したことの責任は免れない。本来は、これらを拙速に実施する場合にも、その施策にはどういう課題・問題が生じ、それがどういう影響を児童生徒を始めとする関係者に及ぼすことになるかをあらかじめ整理し、それらを解消する方策を検討・実施すべきであった。

 それらを何もせず、ただ官邸の意向だけを踏まえ、審議会等でも本来審議すべき事項を脇に置いて、これらを優先して形式的に検討して済ませたのが実態であった。要はすべきことをせずに、酷い結果を自ら招くに至ったのであり、ここには「生きる力」の欠片も見ることができない。同時に「どっちを向いて(誰のために)仕事をしているのだ!」との批判・疑念が浴びせられよう。

 これでは、文科省に対して国民が不信の念を抱くだろうし、それも当然だ。

 およそ文科省が今後も教育行政に携わり、児童生徒に望ましい資質・態度を説いていこうとするなら、それらの正しさについて保護者を始めとする多くの関係者の理解を求めようとするなら、それに見合った行動をとることが必須であることは言うまでもなく、それができずに右往左往するようでは子ども達を預かる資格などないに等しい。文科省はこのことを肝に銘ずべきだろう。

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