愚策ばかりの教員対策

教員の職場環境の劣悪さがブラックと称され、社会問題化している。

このため、その問題解消に向けた方策を文科省が色々と講じてはいるが、「本気なのか?」「これで問題が本当に解消すると考えているのか」「こんなことしか考えられないのか?」と思うものばかりだ。国の対策として提示されたものが、この程度だと見せつけられては、文科省が政策官庁になるのは程遠いと感じざるをえない。

翻ってみると、医師や調理師等免許を必要とする職業が数多くあるなかで、教員のみに更新制度が適用されていた。教員の質確保・維持のために必要とのことだったが、それらは他の職業には必要ないのかがあいまいなまま、多忙化する教員の負担になるという、現在の問題につながる指摘が行われた上、更新に必要とされる研修の内容が実践的でないという制度の根本に関わる問題も指摘された結果、同制度は廃止された。

このように教員に対する姿勢・認識が問われる対応がこれまでも行われてきたが、今回の方策はそれらと比べても杜撰で、ひどい。

そもそも、文科省は毎年、「教員勤務実態調査」を実施している。これにより、教員の勤務状況を把握し続けているはずだ。

それなのに問題を把握していなかった(今まで問題と認識していなかった)と言うのであれば、何のための調査なのか、その意義・必要性が問題となるばかりではなく、これを実施するために費やされてきた予算・労力は無駄だったということになる。

逆に、把握していたのであれば(そうあるべきだが)、それに反して、事態が社会問題に悪化するまで何も有効な手段を講じずにいた無作為ぶりが責められるべきだ。

どちらの場合にしろ、当事者意識が全く欠如していたことは間違いない。

それもそのはず、教員の任用・処遇は教育委員会制度の下、各自治体の責任で行われる(べき)ものであり、国(文科省)はその動向に逐一、関与する必要はなく、何か特別な事例(不祥事や事件・事故等)が生じた場合にのみ、当該自治体の教育委員会に事情の把握・対応を依頼するという(間接的な関与)姿勢で臨んできたからだ。

今回は全国的な問題にまでなり、マスコミでも大きく取り上げられたため、自ら対策を講じざるを得ないることになったが、今まで主体的に対応してきたことがないので、付け焼刃的な弥縫策に止まった挙句、目的と対策とが矛盾するものも少なくない。それを具体的に見てみよう。

まず、「教師のバトン」だ。

職場環境の厳しさが喧伝され、教員を志願する者が急減しているという状況へ対処するため、ネット上で教員の魅力を現職教員に語ってもらうことで、志願者増につなげたい(バトンを次の世代に渡したい)という意図で始めたものだったが、寄せられた意見は期待に反して多忙さや勤務の厳しさ等を訴えるものばかりとなり、過酷な現状を訴える声で「炎上」する、という結果で終わったのは良く知られる通りだ。

このような結果になったのは当然だろう。

志願者が減っているのは、教職の魅力が知られていないためでなく、職場環境の厳しさが広く問題として取り上げられたためだ。ところが、この肝心な点をはき違えて教職の魅力を募った。これでは「問題・状況が分かっていない!」「何が問題で、それがどれだけ酷いかを教えてやるしかない!」と怒りを買うことにしかならない。

本事業を構想した段階でこの点を指摘して、実施を思いとどまらせようとする動きはなかったのか。それも不思議だ。組織全体が歪んでいるとしか言えない。

また、教員免許をもたなくても知識や経験をもつ社会人を教員に採用する特別免許制度があるが、認定要件も緩和して、それを積極的に活用するよう求める通知を出している。これには大きな矛盾がある。

この制度自体は昭和63年に創設されたが、それから32年間(令和2年まで)で免許状が授与されたのは全国で延べ1942名にすぎない。これは年平均61名弱という数字であり、1都道府県当たりでは1.3名に過ぎず、市町村レベルではほとんど実績がないに等しい(文部科学省「特別免許状及び特別非常勤講師制度について (mext.go.jp)」。

志願者数・倍率が不明ではあるが、教員免許取得のハードルが相当高いということは分かる。現場がそのような認識・対応でおり、それが変わらない中にあって、急に本制度を活用し採用を増やすように要請されても運用が変わるものだろうか。

仮に顕著な成果が見られた場合には、逆にこれまで有意な社会人の採用が十分に行われずにいたことが露わになるので、これはこれで別の問題を惹起することになるのではないか。

加えて、全国で教員の志願者が急減し、倍率が3倍程度までさがっていることについて、このまま減少が続き、志願倍率が3倍を切ると教員の質に問題が生じるという主張が関係者から再三行われた。それがこの問題には重要かつ緊急性があるとの意識を助長させることになり、それに基づき対策が講じられている面がある。

ところが、この主張にどのような客観的な根拠があるのかは全く示されていない。それが対策の根拠として用いられているのだ。

これらはいずれも「数」を確保することが何よりも大事だと訴える余り、「質」はそれに比べれば大きな問題ではない、と言っているようだ。少なくともそう誤解される恐れがある。もともと志願者数の減少は、教員の質の低下を招くという主張を根拠とした対策であったはずなのに、質が二の次となっている(数さえ揃えば質は確保できる)印象を与えるようでは本末が転倒しているのではないか。

さらに、就職して教員になった者に対しては、奨学金返済の免除・軽減を講じるということが打ち出された。これは、教育職は重要であるので、そこに優秀な人材・志願者を確保するために必要な策Dだとされるが、既にネットで様々な指摘が行われているように、文科省自らがこの方策に意義はないと明言した経緯がある。

即ち、1998年、町村文部相(当時)が衆院文教委員会で、

日本育英会から貸与される学資金は、原則として卒業後一定の期限内に返還することとされておりますが、特例として、貸与を受けた者が教育または研究の職についた場合に返還を免除できることとしてまいりました。この返還免除制度は、これまで、学校教育分野及び学術研究分野に優秀な人材を確保する上で大きな役割を果たしてきたところであります。

 しかしながら、近年の公立学校教員等の採用状況や、教員の給与が一般の公務員と比較して優遇されていること等を考慮すると、奨学金の返還免除が教員の人材確保の上で果たしている役割は薄れてきております。

また、その一方で、返還免除制度については、従来から、臨時行政調査会等においてその見直しが指摘されてきておりましたが、財政構造改革が喫緊の課題となっている現下の厳しい財政状況のもと、高等教育をめぐる社会状況の変化に対応した育英奨学事業の改善を図るためには、学資の貸与に充てる資金を効率的に運用することが必要となっております。

このような状況を踏まえ、この法律案におきましては、大学または高等専門学校において学資金の貸与を受けた者が教育の職にあることにより学資金の返還免除を受けることができる制度を平成10年(1998年)4月入学者から廃止することとしております。

と答弁している。

これとはどう整合を図るのだろう。

なるほど、「公立学校教員の採用状況」が当時とは大きく異なることを理由に、「大きな役割を果たしてきた」制度を復活させる必要があると言うのだろうが、なぜ「優秀な人材を確保する」必要がある分野が教職だけなのか。

そもそも、25年前に廃止された「返還特別免除制度」は、教育職のみならず研究職についた者も対象としていた。そして、研究職については、かねてから人材確保の問題・対策の必要性が指摘されていながら、有効な手が打てずにおり、我が国の技術革新やイノベーションの担い手の不足が指摘され続けている有様だ。

それなのになぜ、教育職だけに優遇措置があり、研究職は対象外なのか。その理由も明らかにせず、一方だけに優遇策を講じるとは全く非合理的と言うほかはない。

このように今回の策は様々な問題を抱えているが、そのような策を講じることによって、返って教師の格・魅力を減じることになることを懸念する。

今回同様、日本各地において教師が不足していた時期である第二次大戦終結から高度経済成長期(概ね1950年代から1970年代)に教師の採用枠が急増し、教師の志願者のほとんどが容易に就職できたことで「でもしか先生」という蔑称が生まれたが、数の確保を拙速に求める対応は令和版の新語を生むことになるのではないか。

これを杞憂だと言えるのか。

資源に乏しい我が国で、最大の資源が人であり、そのため教育の重要性は常に訴えられてきたし、それを担う教員は常に敬意の対象であった。その根底が揺らぎ、我が国の基盤が危機に瀕することが無いよう、文科省は教員への認識・対応について根本的に見直し、真剣な検討・対策を講じることが迅速に求められる。

教員に関する事項は他人事=教育委員会マター、だと呑気に構えて、おざなりな対応で済まそうとする余裕など全くないのだ。

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