「人生100年時代」だと言う。
既に我が国の平均寿命は女性が87.74歳、男性が81.64歳(2021年)となっており、世界の長寿国の上位に位置づけられているが、官邸に設けられた検討会議(人生100年時代構想会議)が中間報告(①)で我が国の平均寿命が将来的には100歳を超えるという海外での研究の推計結果を発表したことを根拠にして、人生100年が俄かに大きな話題となった(②)。
実は、中間報告の内容は、人生100年時代に向けた「人づくり革命」が重要だとして、幼児教育・私立高等学校の授業料・高等教育の無償化、待機児童の解消等が中心となっている(②)。
ところが、社会の反応は報告書とは関係なく、「人生100年」をキーワードにして様々な商品やプランを盛んに開発・販売しだした。このような動きからは「人生100年」時代に対する期待が如何に大きいかを知ることができよう。
なるほど、我が国の平均寿命は年々伸びているうえ、先進医療の発展状況等を踏まえれば、これはありうることのようにも思える。また、根拠として示されたのが海外の研究結果というのも、舶来信仰が強い我が国においては説得力をもった面はあるのだろう。今や、そのような時代が到来することは当然で、それに疑いをはさむ者などいないような有様だ。
しかし、本当にそのような時代が来るのだろうか。
そもそも、これまで平均寿命が延びてきたのは、戦前・戦中に青春時代を過ごした世代が長く健康でいてくれるお陰だということを忘れてはならない。彼ら/彼女らは、和食中心の質素・健康的な食事をし、交通機関が発達しておらず、屋内でもエレベータなどもなく、業務のみならず日常の様々な場面で体を使うことが多い生活を送っていた(③)。平均寿命の伸びはそうした日ごろの積み重ねの上に現代の利便性・発達(医療の発達や公衆衛生の改善等)が功を奏したからこそ実現したものと言えるのではないか。
対して、戦後生まれの世代は、それまでとは大きく異なり、必要以上の栄養摂取、特に肉や加工品を摂取することで肥満に悩む人が増えていることに加え、柔らかいモノばかり口にするので咀嚼の力は弱くなり、回数も減っている。車や公共交通機関を手軽に利用して、体を動かす場面も激減した。さらに最近では、宅配サービスやオンラインでの活動も増え、このような傾向に拍車がかかっている。このような生活を続けていて平均寿命が延びるとは到底思えない。むしろ、今後、平均寿命は短縮に転じる、と考える方が合理的であろう。
また、「人生100年」の根拠について大きな誤解がある。これを記載した研究成果は「2007年に」生まれた子の「半数」が107歳まで生きる「可能性がある」と推測しているに過ぎず、それ以前に生まれた人達の寿命については一切言及していない。しかもこの研究結果は日本の状況について特団の配慮を行うことなく、日本でも西洋と同様の肉や加工食品を中心とした食生活が以前から続けられ、それが継続されることを暗黙の前提としたうえで、過去の出生率や死亡率の変遷等を基にして数値を推計している。
日本では上述したような世代間での大きな生活環境等の変化があるのに、その影響を加味していないことは留意すべきだ。
この指摘に対して、医学・医療の急速な進歩が懸念を払しょくするという意見もあるだろう。なるほど、これが今よりも長い寿命を可能とするかもしれない。しかし、大事なのはそれをどのような状態で迎えるか、ということではないか。
高度医療の成果として、体中に機器や管をつけて、意識もはっきりとしない中、息だけをしているという植物人間のような状態でも命を永らえることは可能だろうが、それに価値があると言えるのだろうか。生きているだけで価値があると言う意見もあろうが、人生100年時代とはこのような状態を許容していないことは明らかだ。ところが、巷間にその点の議論はなく、100年という数字だけに関心が寄せられている(④)。
このように「人生100年時代」の到来は手放しで認め、喜んでばかりいられないことは容易に分かるのに、そうした動きがみられないのは、そこにある思惑があるからではないかと感じざるを得ない。
すなわち、これまでは超高齢化が進行することに伴い、医療・年金・介護等に係る経費の増等の深刻度を増す多くの問題へどう対処するかに人々は不安を募らせてきた。背景には高齢者は今日の社会を築いた功労者であり、彼ら/彼女たちにかかる経費はできるだけ現役世代が負担すべきという考えがあるが、その構想・仕組みが維持できなくなるという問題が深刻さを増している。
これを解消するため、高齢者に対する考えを「福祉や介護の対象=税の受給者」から「社会の活動主体=納税者」に転回することで、高齢者への支出を減らそうとする意図があるのではないか。加えて、高齢者の中には多くの貯金や資産を抱えた人も少なくない。積極的に活動することでそれらが市中に拠出されるようになれば大きな景気刺激剤となるだろうと、期待する者は少なくなかろう。「人生100年」という語はこのような考えに基づいて高齢者の意識を変える特効薬としての役割を果たすために唱えられていると思われる。
つまり、「人生100年」の実現可能性は問題ではなく、その語がもたらす利益を期待し、確保するためにそれを声高に叫び、同調しているというのが関係者の本音なのではないか。
しかし、このことは皆が既に承知しており、今更取り立てて騒ぐことではないのかもしれない。というのも、上述の通り、社会的には「人生100年」という語自体が重要な意味をもち、それに大きな関心が寄せられているからだ。
「人生100年」とは、それが実現するか否かや、その根拠が何であるかが問題なのではなく、それに向けてこれまでとは違うライフスタイルを目指すための標語なのだろう。そう考えれば、そしてそれを皆が認識・納得しているのであれば、このような動きが進むことを理解することもできるが、果たしてどうなのか。
その一方で、「人生100年」実現の可否こそが重要な問題である事柄がある。それが年金制度に導入された新たな取り組みだ。65歳からの年金受給開始時期を10年遅くすれば受給額が二倍近くになるというものだが、これが人々に了解されるのは人生100年(に向けて寿命の伸びが続くこと)が前提となっているからだ。
受給開始時期を遅らせても、余命が長いのならば、その後に遅れた分の元が十分取れると期待するのは無理もない。従って、「人生100年」が実現するか否か(いつ、どこまで)は本件にとっては大きな問題である。それが不確かなのに開始時期を遅らせる人が多いのは、自分は自分の人生は100年(近く)まであると錯覚しているからに違いない。これに基づく制度であることに不安は尽きない。
しかも、懸念するのはそれだけではない。この取り組みは実は、平均寿命が今後伸びるのではなく逆に短縮することを想定した上で開発されているのではないか、という疑念が拭えないことだ。
寿命が短縮するにも関わらず、人生100年を期待して年金の受給開始時期を遅くさせれば、高額の年金のメリットを享受する前(⑤)に寿命を迎える人が多くなる。結果、全体の給付額は減ることになるので、年金財政には余裕・安定がもたらされることになる。
要は、詐欺に近いような手法だが、「ない袖は振れない」し「背に腹は代えられない」。逆にこれで「100年安心な年金制度」の実現は確実になる。この仕組みが開発された裏にはこういう考えが(も)ある、ということは誰も認めないだろう。しかし、実際に賦課方式をとりながら加入員数が減少しており、年金財政は不如意で今後の見通しも不鮮明な中、果たしてこの考えが空論だと断言することが誰にできるだろう。
いずれにしろ、人生100年に向けて今後も寿命の伸びが続くかは実際の数値として否応なしに明らかにされる。
男性より長い女性の平均寿命は現在、87.74歳(2021年)であり、前年から0.29歳伸びた。これと100歳との差は12.26歳あるので、今後も同様の伸びが期待できるとして単純計算すると、42.3年かかることになる。
当然ながら、高齢になるほど、伸びは鈍化するだろうから、達成にはもっとかかると思うのが妥当だろう。この間に上述した生活様式等の変化の影響は強く現れてくるだろう。こう考えればその実現が如何に難しいかが理解できよう。
果たして、もし達成できないことが判明したら、その時、政府・企業はそれまでの方策についてどう説明し、どのような善後策を講じるのだろう。結果が明らかになるのは半世紀近く先のことなので、今から心配する必要はない、と言うのでは困る。社会の在り方に関わる問題であることを踏まえ、国民を煽るだけでなく、もう少し具体的かつ詳細な根拠・条件を丁寧に説明する必要があるはずだ。
「人生100年」は今や当然のこととして認識されており、今更、それを問題にすべき事項ではないとの考えを持つ人が多いかもしれない。それを敢えて題材にしたのは、政府や企業が提唱することを安易に信じ、随うこと=思考停止の危険性を訴えることは強調しすぎることはないと信じるからである。
複雑化を増す社会にあって、今後、どのような未来が訪れるかを予測・判断することが極めて難しいことは明らかだが、だから言って、自らそれらを行うことを放棄し、安易に他者に委ねることがあってはならない。確実・冷静な政策が立案されるためにも、冷静な国民の存在・判断が不可欠である。
「人生100年」はこれを考える格好の題材である
本稿が、一人一人が改めて「何が起きているのか」「その根拠は何か」「その中で自分はどうするか」を考える契機に少しでもなるならば幸いだ。
① https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo2/siryou/__icsFiles/afieldfile/2018/02/22/1401465_8.pdf
② それ以前に「LIFE SHIFT(東洋経済新報社)」が人生100年時代について述べており、著者のリンダ・グラットン氏は官邸
での検討会の第1回会合で意見を述べてもいるが、社会的にはこれが政府の中間報告に記載されてお墨付きが与えられたことの
影響は大きい。
③ 和式トイレで用便をする際の中腰の姿勢が足腰の鍛錬に大きな効果をもたらしていたという指摘もあるが、最近では腰掛ける
洋式トイレが多くなり、その効果も期待できない。
④ また、体だけでなく、心の健康も大事だ。長い人生を充実して過ごすには支えとなる意欲や希望が欠かせないが、多くの国民
が将来に対する不安を抱えていることが世論調査で明らかとなっており、この傾向は年々強くなっている上、特に若い世代に顕
著であることは看過できない。
⑤ 現時点での試算では、両者(受給開始が65歳と75歳)の受給総額が均衡になるのは86歳となっているので、その後は受給時
期を遅らせた方が受給総額は多くなる。

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